災害への備え 今、できること ―医師の立場から―

 2011年3月11日の東日本大震災から今年で5年。そして、1995年1月17日の阪神淡路大震災から21年が経過しました。地震が今なお各地で頻発していることに加え、昨年には大雨による洪水や火山の噴火など、日常生活の中でさまざまな災害に遭遇するケースが増えています。

 今回は医師の立場から、東日本大震災での被災経験をもとに仙台医療センター 感染症内科医長の伊藤俊広先生に、血友病患者さんにとっての災害への備えをテーマにお話を伺いました。


伊藤 俊広 先生

独立行政法人国立病院機構 仙台医療センター
感染症内科 医長

  

Interview:Doctor’s View

伊藤 俊広 先生(仙台医療センター 感染症内科 医長)

医療機関と患者さんの両方に必要な備えと意識

 仙台医療センターは多くの血友病患者さんを抱える医療機関の一つで、国の防災拠点病院にも指定されています。東日本大震災では、建物が崩れるような大きな被害はなかったものの(頑丈な造りにはなっていたようだとのこと)、あちこちの壁に亀裂が入り室内設備や受水槽の破損などの被害に見舞われました。
当時、病院内にいた伊藤先生に、医師としての立場から見た備えを語っていただきました。


◆医療機関側のリスク管理:製剤の在庫管理と処方量

 仙台医療センターでは、阪神淡路大震災以降、災害対策訓練には力を入れてきました。そのため、東日本大震災が発生した時も日頃の訓練が生かされ、大きな混乱はなく対応できたそうです。

Note
当時の様子は、仙台医療センターのホームページに掲載されている東日本大震災の記録『生命の架け橋「絆」』に詳しく書かれています。


 血友病診療に関しては、緊急受診した患者さんは3名のみ。製剤は災害用としてではなく普段から十分な在庫を持ち、薬剤部での在庫管理も徹底していたことから、流通再開までの間も処方に困ることはありませんでした。  一方、震災以降、製剤の処方量については、

“患者さん自身の備えのため、余裕を持って処方している”


ということです。医療機関に在庫があっても、交通機関の停止などで病院にアクセスできない状況では、患者さんの手持ちの製剤が備えとなるからです。
  



◆患者さん側のリスク管理:① 製剤の保管場所


 さらに、伊藤先生は患者さんへの意識付けとして、

“製剤は自宅だけでなく、複数の場所に分散して保管しておくのがよい”

と勧めています。そうすれば、1つの保管場所が被害に遭った場合でも慌てなくて済みます。特に関節症などで動くことが難しい患者さんの場合には、その備えが明暗を分けることもあるでしょう。

 また、大震災の際には、バイアルと溶解用デバイスがばらばらになり、輸注できなかった患者さんもいたそうです。災害ではそういった事態が起こり得ることも心に留めておく必要があります。

Note
自宅での備えとして、冷蔵庫以外の場所にも製剤と注射するために必要なものをセットして保管しておきましょう。

  


◆患者さん側のリスク管理:② 受診機関
 

 患者さん自身のもう一つのリスク管理として、


“複数の医療機関で患者登録をしておくと、

いざという時に受診しやすくなる”


と伊藤先生は話されました。拠点となる自宅近くの医療機関に加え、職場や帰省先となる実家の付近などで受診できる環境を整えておくことは、災害に限らず有用な備えとなります。別の医療機関で受診したい場合は、事前に主治医にそのことを伝えておけば紹介状を準備することもできます。また、別の医療機関を受診した際には、その旨を主治医に伝えれば、「診療上、全く問題はない」と伊藤先生はおっしゃいました。

 

Note
26-1号でインタビューをさせていただいた村上さんも、被災をきっかけに、仙台医療センターなど職場近くの複数の医療機関に患者登録をされたそうです。


 その一方で、医療機関側の診療体制には課題が残ります。それは、製剤の在庫を抱えることを好まない医療機関が少なくないことです。患者さんがあらかじめ医療機関に受診日と製剤の処方希望を連絡すれば、余剰在庫のリスクを減らすこともできますが、それでも受け入れに消極的な医療機関が多いことに意識改革の必要があると伊藤先生は指摘されています。

 


◆ネットワークの構築とオープンなコミュニケーション

 災害時は医療機関に足を運べない可能性に加え、通信手段の遮断という問題も発生します。被災時、仙台医療センターでは衛星電話は使えましたが、携帯電話も含め通常の電話回線は全くつながりませんでした。そのため、今はメールなどインターネットを介して患者さんと連絡が取れる手段を設けているそうです。

Note
モバイル輸注記録「ゆちゅレコ」はいざという時にメッセージのやりとりができる「安否システム」を備えています。


 物流や通信手段は、被災後3~4日で徐々に再開しました。

“患者さんにとって重要なのは、物も製剤も情報も、最初の3、4日をいかに乗り切るかということ、そして病院にたどり着くためのルートを確保しておくこと”

と伊藤先生は話されていました。

 限られた手段の中で、情報やサポートを得るために重要なのが人とのつながりです。医療機関や患者さん同士、周囲の人々、製薬メーカーなどとの間に、

“普段からやりとりできるネットワークを持っている人は、災害などの非常事態でもネットワークがつながりやすい”

そうです。これは、震災1年後に血友病患者さんを対象に実施されたアンケートでわかったことでした。

 また、伊藤先生も普段から患者さんが自分の病気や体の状況を周囲に伝えておかなければ、緊急時に的確なサポートを受けることができないこともあるとおっしゃっていました。

Note
これには患者会が大いに役立ちます。最近は患者会の数が少なくなっていますが、伊藤先生は「再び活動が盛り上がることに期待したい」と語っていらっしゃいました。

  

生命の架け橋「絆」 東日本大震災の記録
仙台医療センター 2012


この記録は、当時の様子や医療センターの取り組みなどが
貴重な資料と共にまとめられています。
仙台医療センターのホームページに掲載されています。

日頃からネットワークを構築すること、そしてオープンなコミュニケーションを図ることが、血友病患者さんにとって災害への大きな備えとなるのです。

 

参考文献
・生命の架け橋「絆」:東日本大震災の記録. 仙台医療センター, 2012.





JP/HG/0617/0004