災害への備え 今、できること ―患者の立場から―

2011年3月11日の東日本大震災から今年で5年。そして、1995年1月17日の阪神淡路大震災から21年が経過しました。地震が今なお各地で頻発していることに加え、昨年には大雨による洪水や火山の噴火など、日常生活の中でさまざまな災害に遭遇するケースが増えています。

 そこで、東日本大震災での被災経験をされた、宮城教育大学の教授で血友病A重症型の患者さんでもある村上由則さんに、血友病患者さんにとっての災害への備えをテーマにお話を伺いました。


村上 由則 さん

国立大学法人 宮城教育大学 大学院 教授
岩手ヘモフィリア友の会

  

Interview:Patient’s View

村上 由則 さん(宮城教育大学 大学院教授/岩手ヘモフィリア友の会)

もの(製剤)の備えと行動の備えが
心の備えにつながる

 村上さんは岩手県にある自宅から職場の大学がある宮城県仙台市まで新幹線で通勤しています。大震災の時は大学の研究室にいて、自宅へ帰宅できたのは1週間後とのこと。当時の状況から見えてくる災害への備えについて、患者さんの立場から語っていただきました。


◆製剤はどの程度備えておくべきか

 村上さんの研究室には、エアマットや関節を守るサポーター、松葉杖、着替えなどを入れた段ボール箱が置かれています。それは東日本大震災以前、比較的大きな地震で自宅に帰れず、研究室で一晩を過ごした経験から揃えたものでした。大震災ではこの備えが役立ちました。

 その時、製剤は十分な備えでしたでしょうか。普段、村上さんは出血の違和感があった時点で自己注射をしています(出血時投与)。当時の使用頻度は1回2,000単位、1週間に4,000単位程度。そのため、一晩足止めされたとしても、

“2回分(4,000単位)あればなんとかなるだろうと思ったが、
大震災への備えとしては甘い考えだった”

と村上さんは振り返ります。2回分のうち1回分の2,000単位は震災前日に使ってしまっていたため、被災時に手元にあったのは1回分のみ。被災直後、予備的投与をしましたが、1回分の2,000単位(1,000単位×2本)の全部を使わず、その半量の1,000単位(1,000単位×1本)を輸注し、1,000単位(1,000単位×1本)を残しておきました。

 いつもの半分、1,000単位でこれから何日ここで過ごさなければならないか、だれにも予測がつかない状況でした。なんとか人々とのネットワークのお陰で、震災から4日目と5日目に製剤の処方を受けることができました。これを教訓に、今は以前の倍量4回分(8,000単位)の製剤を職場の2か所に常備しています。

 

村上さんは震災後、以前の倍量4回分(8,000単位)の製剤を職場の2か所に常備

 

Note
自宅・職場・学校などの生活圏では、緊急時の補充も含め、数日間しのげるだけの製剤を備えておくことが必要ですね。

 

◆出血予防には製剤だけでなく行動にも備えが必要

 製剤を確保するのが困難な状況で、村上さんはまず、輸注量を調整することと出血を起こさないよう関節への負荷を減らす態勢を取ることに最善を尽くしたそうです。  村上さんのように定期補充療法が普及する以前に自己注射を身につけた患者さんの場合、出血の違和感をいち早く察知し、輸注のタイミングを自らコントロールすることもできます。一方、最近は定期補充療法により、出血の気配を感じにくくなっている子どもたちも少なくないそうです。 そのため、緊急事態を前に慌てないためには、

“日頃から血中の因子活性レベルを上げておくことと、
出血を起こさないようにする行動の両方が重要”

と村上さんは話します。災害時には常に製剤が手に入るとは限りません。だからこそ、行動での備えが重要な意味を持つのです。

 


◆自分の状況を理解してもらうために何ができるか

出血を抑えるためにどれだけ自分自身が気をつけていても、避難所のように団体行動が必要な場所では、負荷のかかる作業を迫られる場面もあります。そのような時にはどうすればよいのでしょうか。  血友病患者であることを伝えるために患者カードを見せるという方法もあるかもしれません。しかし、災害のような混乱時には、カードを見せても理解してもらえないこともあります。そのため、村上さんは、

“普段から身近な人たちに
自分の病気や身体の状況を伝えておくことが必要”

と強調しています。

 

Note
患者カードは医療従事者に情報を伝える時には役立ちます。しかしそれは、見せる相手が冷静に内容を理解できる状態ということが前提です。

 

 また、避難所のように初対面の人が多い場所では、誰に自分の情報を伝えるかが大切です。村上さんの場合、震災時は大学という普段の職場にいたため、顔見知りの職員がいました。共同作業の役割分担については、事情を伝えた相手が周囲にも適切に情報を伝えてくれたお陰で、池からのトイレ用の水汲みなど負荷のかかる作業を進んで変わってくれるサポーター(同僚教員の子息)が現れ、結果的に作業のために出血するということもありませんでした。

 


◆いざという時に周りの人たちからサポートを受けるには

 被災時、村上さんが周囲のサポートを受けることができたのは、情報がうまく伝わったからだけではありません。

“日頃からできるだけ自分ができることは引き受け、周囲への協力を惜しまない”

 ギブアンドテイクが大切なのです。 患者さんが子どもの場合は、保護者がその役割を果たすことも必要です。例えば学校には、病気に限らず障害や問題を抱えた子どもたちがいます。また、先生方も親御さんに協力してほしい時があります。そういう時に、できるだけ自分から協力する行動をとることが、結果的に周囲から自分の子どもへのサポートとして返ってくることになるのです。 そうした普段からの行動が自分や家族、そして周囲の人々との絆となって心の備えにつながるのです。

 

   物理面でのコントロール  行動面でのコントロール
  被災時の対応
 (村上さんの場合)
 輸注量の調整
 関節などへの負荷を軽減する行動
 【例】
 ・エアマット、杖、サポーターなどの活用
 ・家具や備品の配置の工夫など環境整備
 
 日頃の備え  
 十分な量の製剤の保管

 凝固因子活性レベルの
 維持
 

 周囲の人に自分の病気や身体状況を
 伝えておく(負荷軽減への理解を得る)
 

不安軽減

精神面でのコントロール

 

Note
村上さんは患者会はじめ、さまざまな活動に精力的にかかわっていらっしゃいます。それらを通して築いた「人のインフラ」が、被災時の大きなサポートになったそうです。

 

参考文献
・村上由則. 難病患者を支えるシステム・インフラ・ネットワーク ―東日本大震災の教訓から・難病当事者の報告―. 発達障害研究(日本発達障害学会機関誌)37:15-23, 2015.

・村上由則. 東日本大震災における慢性疾患患者の対応と課題 ―血友病患者の事例を通して―. 特別支援教育総合研究センター研究紀要. 2011;6:39-50

・村上由則. 「絆」の意味するもの ―東日本大震災を経験した難病患者の視点から見たシステム・インフラ・ネットワーク. 育療 54:2-6, 2013.

・今泉益栄ら. 東日本大震災における血友病患者の震災体験と災害時ネットワーク. 血栓止血誌 25:82-91, 2014.





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