第5話 博士のさがしもの

「こんにちは」
 今日は博士(はかせ)の家のドアをノックしてもだれも出て来ない。リッキーも出て来ない。
(あれ?どうしたんだろう。ほんとにだれもいないのかな?カギもかけないで、どこに行ったんだろ。まあ、このうちにはどろぼうなんて入らないだろうけど。ゆうれいやしきって言われてるから、こわくて入れないよね。)
「こんにちはー」
 ドアを開けて、こんどはもっと大きな声でよんでみた。すると、
「ケンジ。こっちじゃ。しょさいじゃよ」
 部屋のおくから博士の声がした。家の中に入って、開いているしょさいの中をのぞくと、博士がゆかの上をハイハイしていた。なにかぶつぶつ言いながら、さがしものをしてるみたいだ。リッキーも今日はぼくに気がつかないのか、鼻をくんくんいわせながら、博士の後ろをついてまわっている。

「博士。さがしものですか?」
 ぼくが博士の方に歩いて行こうとすると、
「ケンジ、止まれー!」
 博士がさけんだ。そのしゅんかん、ぼくのからだはまほうをかけられたように動かなくなった。
「博士、どうしたんですか?」口は動いた。
 目が3倍くらいに大きくみえるようなメガネをかけた博士が、こちらをむいた。
「いやー、時計の中をそうじしておったんじゃが、うっかり歯車をひとつ落としてしまってな。どうしても見つからないんじゃ」
「博士、それってすごく小さいんですか?」
「うーむ。ケンジの親指の先くらいかのぉ。金色じゃ。どこへいったものやら。おーい。歯車よぉ。どこにころがっておるか返事をせんかい」
「ぼくもさがします」
 さっきのまほうは解(と)けて、ぼくの体は動いた。そして、ぼくもハイハイをしながら部屋中をさがし始めた。

 30分くらいたっただろうか、博士の小さな歯車はどうしてもみつからない。
「博士、みつかりませんね」と、ぼく。
「においもしないですよー」と、リッキー。歯車のにおいってどんなんだろう。
「そうか・・・。これは、ばあさんとしんこん旅行のときに買った思い出の時計なんじゃがな。何十年ぶりかでそうじをしてやろうと思ったのが、運のつきじゃったか」
 博士はがっかりしたように、こしをさすりながらしょさいのいすにすわった。
「ケンジ、見てごらん。これが、時計の中身(なかみ)じゃよ。どうじゃ、きれいじゃろ」
 博士の机の上には、時計から取り出された小さな部品がきれいにならべられて、キラキラと光っていた。
「うわー、時計の中って初めて見ました。たくさん部品があるんですね」
「そうじゃ、まさに芸術品(げいじゅつひん)じゃな。この部品が1つでもなくなると動かないんじゃよ。部品のひとつひとつが、それぞれの役わりを持っているんじゃ」
「ぼくにも見せてー、博士」
 リッキーがへやのすみから走ってきて、勢(いきお)いよく時計がのっている机の上に飛びついてきた。
「こーらこらリッキー、そんなに勢いよく来たらまた部品がどこかにいってしまうじゃろ。そっと見るんじゃぞ。鼻息をかけたらだめじゃぞ」
「ごめんなさーい。わー、きれい。きらきらしてる。」
 リッキーがうっとりしたように、のぞきこんでいた。

 しばらくするとリッキーが鼻をくんくんいわせ始めた。
「リッキー、鼻息をかけるんじゃない。鼻に部品が入ってしまうぞ」
「ごめんなさい博士。でも、もしかして博士のさがしてた物って・・・」
「ん?なんじゃ、リッキー」
「ほら博士、そこの本と本のすきまに、同じきらきらしたものあるみたい」
 博士はまた目が3倍もの大きさにみえるメガネをかけて、リッキーが言った本の辺りをのぞきこんだ。すると、


「おーっ!あった。あった。ここにいたのか。そうかそうか、さがしたんじゃぞー」
 博士はまるで自分のこどもでも見つけたように喜んだ。

「これは3番車といってな、2番目の歯車の力を4番目の歯車に伝える役目をしているんじゃ」
「へー、番号がついているんですか。あ、これは何?英語の「T(ティー)」の文字の形をしてる」
 ぼくは、ほかの部品とはちょっとちがう形をした部品に目をひかれた。
「ふむ、ふむ。おお、これはな、アンクルというんじゃ、ほれ、ここにほかの歯車よりギザギザが大きい車があるじゃろ。これは4番車の次の歯車でガンギ車というんじゃ。アンクルはこのガンギ車の次の部品じゃ。ぜんまいから2番車、3番車、4番車、そしてガンギ車へと伝わってきた力を最後に受け止めているのが、アンクルじゃ。ガンギ車のギザギザとアンクルのこすれ合う音が時計のチクタク、チクタク・・・、という音で聞こえるんじゃよ」
「へー、博士ってなんでも知ってるんですね」

 すると、博士はせきばらいをして机をはなれ、部屋のかべのそばにさっそうと立った。そして左手に短い棒(ぼう)を持ってその手を高く上にあげた。何?またまほう?急にリッキーが走り出したかと思うと、ガラガラと前足で部屋のすみにあった黒板を押して来た。そして博士の右手にチョークを渡した。
(え?何が始まるの?!もう、このふたり・・・ったら、えっと、一人と一ぴきがやることってぜんぜん予想がつかないよ。)
 

「うぉほん!」博士のせきばらい。
「ぜんまいを巻(ま)く機械式時計は・・・」
「博士―。時計って電池で動くんじゃないんですかー」とリッキー。
「こら、話のこしをおるんじゃない。今は手動の話じゃ、リッキー。ケンジも小さいころよくぜんまいの付いたおもちゃで遊んだじゃろ。車とか犬のおもちゃとか」

「うーん、そういうのはよく覚えてないですけど、ミニカーのおもちゃで一度バックさせて手をはなすと、ピューって走っていく、おもちゃも同じですか?」

「おお、そうじゃ、そうじゃ。時計の場合、巻(ま)かれたぜんまいの元にもどろうとする力が、となりの2番歯車を回し、続いて3番が回り、そして4番が回る」

 博士はオーケストラのしきしゃのように両手を大きく手を動かして、黒板にぜんまいの絵と歯車の絵を書いた。
「ケンジ、かくごしておいたほうがいいよ。博士ったら、ノッてきたみたい」

リッキーが小声でぼくに言った。
「え?なんのこと?かくごって?」
博士の話はさらに続いていた。

「こうして伝わってきた力がこのアンクルを動かすんじゃが、このアンクルの先にはてんぷというものがある。このてんぷの中には小さなふりこが入っておるんじゃ。アンクルがこのふりこに力を伝えると、ふりこがぐーん・・・、ではなく、くるくると動く。するとそのふりこの力が今度はこのアンクルに伝わって・・・」
ぼくは博士の説明に少しぼーっとしてきた。でも、博士は棒(ぼう)ふりまわしながら、まだまだ話を続けている。
「・・・そして2番の歯車には分の針が、4番には秒の針がついておる。つまり、2番歯車は1時間に1回転、4番は1分間に1回転。つまり2番歯車が1回転する間に◎△□×■○×□〒♪Δ∽×/・・・・・・」
「うわっ、うわっー!博士、ストップ!ストーーーップ!!」
 

「ん?どうした、ケンジ?」
「博士ったら、もうどんどんむずかしくなるんだもん。わからないですってばー」

 もうぼくは博士の話にこうさん状態だった。リッキーはぼくの横でくすくす笑っている。だから、さっきすごいなんて言ってたんだな。もう!ちゃんと教えてくれればいいのに。

「すまん、すまん。つい力が入ってしまった。ふぉっ ふぉっ ふぉっ。そうじゃケンジ。ところでこの機械時計の部品は全部でいくつあると思う?」

 ふぅ、やっとふつうの話になった。
「うーん、リッキー知ってる?30個くらいですか?」
「いいや、ざっと100個じゃ。ストップウォッチのようなものになると400個くらいの部品が入っとるんじゃぞ」
「えー、よんひゃっこ!」

 ぼくもおどろいたけど、リッキーも指で数えられなくてこまっていた。あはは。
「そうじゃ、たった数本の針を動かすために、たくさんの部品がいっしょうけんめい働いているんじゃな」
 博士はしみじみ言った。

「ケンジ、この前、車を洗った時に血液(けつえき)の話をしたのを覚えとるか?」
「は・・・い。えっと、味方(みかた)に食料や酸素(さんそ)を運ぶレッドマンと、敵(てき)をやっつけるホワイトマン。それから、血をかためる任務(にんむ)の集まりの・・・」
「おお。よく覚えとるもんじゃ、さすが若いのぉ」
 へへっ、ほめられちゃた。
「その血をかためる任務(にんむ)の集まり、血(けっ)しょうじゃがな。血を固めるためにたくさんの因子(いんし)」というものが働いておるんじゃ」
「因子(いんし)?」
「そうじゃ。それぞれに名前がついておってな、番号での名前もあるから覚えておくといい。たくさんあるが、ケンジが知っておくのは全部で12個じゃ。」
「えー! 12個も!」
「ふぉっ ふぉっ ふぉっ びっくりしなくてもいい。1番から5番と7番から13番じゃ。つまり、6番はなしで、1番から13番までと覚えておくといい。この12個の因子(いんし)たちがみなで力を合わせて血を固めるという仕事をしておるんじゃ」
「へー、隊員が12人か。番号がならんでるなら覚えやすいや。6番がないっていうのはへんだけど」
「そうじゃな。そしてこれらの番号を書くときには、ローマ数字というものを使うんじゃ」
「ローマ数字ってどんな数字ですか?」
「どれ、リッキー書いてごらん」
 すると、リッキーが黒板に文字を書き始めた。へー、字も書けるんだ。

「ケンジ、これが1で、これが2だよ。それから3でしょ。4・・・えっと、5がこれだから、えーっと」
「お、リッキーいいところまでいってるぞ。ヒントは左側が引き算で、右側が足し算じゃ」
「あっそうだった。これが4、5、それから6・・・」
(あ、この文字見たことある・・・)
「博士、これって時計の文字ばんに書いてあるの見たことあります」
 


「ほう、よく気がついたの。そのとおりじゃ。ケンジが一番覚えておかなければならないのは、この8を表す『VIII』と9を表す『IX』じゃな。第8因子(だいはちいんし)と第9因子(だいきゅういんし)じゃ」
「ケンジ、ローマ数字っておもしろいんだよ。1、2、3、は、たての線を1本ずつ増やして書いていくでしょ。それからね、4は5ひく1でしょ。だから5の記号の『V』の左側に1本線を引くんだよ。『IV』ってね。6は5たす1でしょ。こんどは5の記号の『V』の右側に1本線を引くの。だから『VI』だよ。さっき博士がぼくに、『右が引き算、左が足し算』って言ったのはこれだよ」
「ふーん、かんたんだね。じゃあ、10はえっと・・・」
 リッキーが得意そうに、『X』という記号を黒板に書いた。
「この記号は10だよ」
「わかった!9は10ひく1だから、『IX』。11は10たす1だから『XI』。ねぇ、リッキーじゃあ15って・・・、『XV』でいいの???」
「大せいかーい!ケンジすっごーい!」
「やったー!」


JP/HG/0617/0004