第1話 お化け屋敷の住人

ぼくの家の近所には、もう何年も人が住んでいない古い大きな家がある。庭はとても大きい。それにたくさんの木があって、草ものびほうだいだから、まるでジャングルみたいだ。前に1度だけ家の中をのぞいたことがあったけど、何も見えなくて、お化けやしきみたいだった。

最近、この家に夜、明かりが見えるのに気がついた。
 だれかがひっこして来たんだろうか。それとも、ほんとうにお化けが住んでいるのか?
 ある日、ぼくはどうしてもあの家が気になって庭に入った。足にからみつく草をどうにかかき分けて、家に近づいたけれど中がよく見えない。うらの方に回ってみた。どうも台所らしい。外に空き箱があったので、それをつみ上げてもう一度中をのぞいてみた。たしかに人がいる。1人・・・。2人? 話し声が聞こえる。

窓(まど)にはりついて中を見ていたぼくは、うっかり足を箱からふみはずしてしまった! 気がついたとき、ぼくは空き箱の中にうもれ、おまけにそばにあったあきかんが大きな音をたてて転がった。カラン、カラン、カラン・・・。  しまったー。どうしよう?

 家の中から、大きな声を出しながら人が飛び出して来た。
「だれじゃーっ」
 その大きな声を出した人は、意外(いがい)にもぼくより小さい人だった。白いかみの毛に白いひげ、そして白い服を着ていた。
「ほほぅ、これは、これは。たしか、きみはよくこの家をのぞいている子だね」
 小さなおじいさんは、にやりと笑いながらぼくに話しかけた。
「ごめんなさい。この家、ずっと人が住んでいなかったから、ちょっと気になって・・・。最近、明かりが見えてたし、もしだれかがひっこして来たんなら、あいさつしなきゃと思って(あいさつなんて考えてもみなかったけど)」
「そうかい。でも、あいさつをするときは、まず入り口の戸をたたくものだよ。きみのように台所の窓からあいさつされるのは、初めてだねぇ」
「えーっと、それは・・・」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。さ、いじわるはこれくらいにして、きずの手当てをしよう。どうじゃ、立てるかね?」
「はい、だいじょうぶです。いたたっ(あー、すりむいちゃった。お母さん、おこるだろうなぁ)」
 家の中に入ると、そこは古いけれどきれいにそうじされた部屋だった。きちんと並(なら)べられたいす、机(つくえ)。たなの上にはたくさんの写真があった。

 おじいさんがきずの手当てをしてくれた。
「あのう、すみません。氷はありますか?」
「氷? あるが、どうするんだね?」
「足を冷やしたいんです」
ぼくはお母さんと病院の先生から、転んだり、ぶつけたりして血が出たときには、しばらくおさえて、よく冷やすように言われている。 何か変に思われたんだろうか?

おじいさんが、台所からタオルにつつんだ氷を持ってきてくれた。ぼくが足を冷やしながらすわっていると、
「どうじゃね、この家は?なかなかいい家じゃろう」
と話しかけてきた。
「は、はい」
 それにしても、この人はいったい何をやっているんだろう。それに、病院の先生みたいな白い上着、白衣?を着てる。聞いてみようか? どうしよう? でも聞いてみたい。
「あのう…」
「なんじゃね?」
「ここで何をしているんですか?それに、そんな病院の先生みたいな白衣を着てるし…」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」
 おじいさんが、また大きな声で笑った。
「わしかい? 病院の先生みたいだって? 何してるかだって?」
「はい・・・」
 なんだよ? 何がおかしいんだよ?

「わしゃ、医者じゃ。でも、きみが知っているような病院の医者じゃなくて、今は研究をしておる。もっとも、昔はたくさんのかんじゃさんをみたもんじゃがな」
 そういえば、かべにかけてあった写真のなかに、賞をもらっているような写真があったっけ。えらい人なのかな?
「え・・・、お医者さん? 研究って、博士(はかせ)なんですか?」
「博士かい? ふぉっ、ふぉっ。そうじゃな、ま、そんなところだろう」
「研究って何をしてるんですか? まさか・・・、人体実験とか・・・?」
「人体実験! ふぉーっ、ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」
 この博士、なみだを流して笑ってる。そんなに笑わなくてもいいと思うんだけど…。ドアの向こうから1ぴきの犬が、博士に近よって来た。白くて長い毛が顔にばさっとかかっていて、この犬、目がどこにあるんだ?

 しばらくして、笑いながら博士がぼくにたずねた。
「そうじゃな、今はかみの毛の研究をしとるよ。どうだね、このちょうはつはすばらしいじゃろ?」
 博士は白くて長いかみをぼくに見せた。そういえば、この犬の毛も白くて長い。
「まだ、黒いかみは研究中なんじゃ」
 博士って聞いたときには、テレビやマンガに出てくる未来の博士みたいで期待したのに。あーあ、がっかり。かみの毛の研究じゃ、未来なんかとんでもないや。
「ところで、きみは?」
「ケンジです。アサイケンジ。山の上小学校の5年生です。とくいな授業(じゅぎょう)は算数。苦手なのは国語。サッカーが好きです。お父さんとお母さんと妹と住んでいます。えーっと、お父さんの仕事は・・・」
「ほぉー、ずいぶんとしっかりしてるんじゃな。5年生にしてはめずらしいのぉ」
 しまった。学校で自己(じこ)しょうかいの練習をした時に暗記した文、そのまましゃべっちゃった。
「それに、きずの手当ても得意みたいじゃのぉ。氷で冷やすのはどこで覚えたんだね?」
「お母さんと病院の先生が・・・、あ、いえ、お母さんです」
「ほう・・・。どうだね。けがのぐあいは? 痛(いた)みはとれたかね?」
 博士は、ぼくのけがのぐあいを注意深く見た。
「はい、もうだいじょうぶです。ぼく、もうそろそろ帰らないと」

 ぼくはソファーから立ちあがり、げんかんへ向かった。あー、帰ったら注射(ちゅうしゃ)しておいた方がいいかなー。お母さん、おこるだろうなー。お化けやしきをのぞいていて転んだなんて言えないし、なんて言おう?
「じゃあケンジ、気をつけて帰るんじゃぞ。帰ったら、注射をしておいた方がいいな。お母さんはできるんじゃろ?」
「は、はい。それじゃ、さよなら」

 げんかんを出てしばらくしたところで、ぼくはハッとした。
 なんで、博士は注射しておいた方がいいなんて言ったんだろう? ぼく、何も言ってないのに。どうして? ぼくも「ハイ」なんて、返事しちゃったけど。わかったのかな? うそだー。そんなはずないよ。

 家に帰り、お母さんには友だちと遊んでいて転んだことにして、注射をしてもらった。お母さんは、思ったほどおこらなかったけど、顔が「うそでしょ」と、ぼくに言っていた。あの家にしのびこんだなんて言ったら、きっとお母さんのカミナリが落ちるに決まってるから、聞かれる前に今日は早くねることにしよう。